御神徳・御利益

良縁成就、夫婦円満、子授・安産、除災招福、諸願成就

簸の川上に於いて八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した須佐之男命(すさのおのみこと)は、稲田姫と共にこの須賀の地に至り、美しい雲の立ち昇るのを見て、「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる その八重垣を」と歌い、日本で始めての宮殿を作り、鎮ったのが古事記・日本書紀に記載されている「須賀宮(すがのみや)」であり、日本初之宮(にほんはつのみや)です。

三十一文字の歌も日本で一番古い歌であり、この地が「和歌発祥の地」の由縁でもあり、また、この歌の中の「出雲」が出雲の国名の起元です。

神々の宿る八雲山-御室山(みむろやま)の中腹にそそり立つ巨石(夫婦岩)、大中小三つの磐座(いわくら)は、古代における須我神社の社地であり、須我神社奥の宮として崇敬され、参拝に訪れる人々を神秘の世界に誘い込みます。

参道は「文学碑の径(ぶんがくひのみち)」として60基の歌碑句碑が建立されています。

また、八雲山の頂上(420m)からは眼下に宍道湖、中海をはじめ島根半島から弓ヶ浜、東方遥かに出雲富士(大山)を一望できる景勝地でもあります。

縁起

古事記(和銅五年・712年)所載では、八岐大蛇を退治せられた須佐之男命(すさのおのみこと)と奇稲田比売命(くしいなたひめのみこと)は、出雲国須賀の地においでになり、この地に宮殿を御造りになりました。

二人の間の御子神が清之湯山主三名狭漏彦八島野命(すがのゆやまぬしみなさろひこやしまのみこと)で、この三神が須我神社の主祭神です。

出雲風土記(天平五年・733年)ではここを須我神社、須賀山、須我小川などの名前に表現され、風土記抄(天和三年・1683年)には須我村とあり、須賀は広くこの地方の総称であったことがうかがわれます。

須我小川の流域には、かつて十二の村がありました。須我神社はこの地方の総氏神として信仰されていたものであり、また、須我山(御室山、八雲山)の山ふところには巨岩夫婦岩ならびに小祠があり、須我神社奥之宮の磐座(いわくら)として祭祀信仰されています。

合殿の武御名方命(たけみなかたのみこと)は天文年中、当地(淀之荘)地頭職として神(みわ)中沢豊前守が信州諏訪より来任されたとき、その氏神武御名方命の神霊を勧請してこの須我神社に合祀し、諏訪大明神として崇敬せられました。

以来村名も諏訪村と改められたが、明治二十二年、元の地名の須賀に復し現在に至っています。明治二十五年十一月八日、元の島根県社に列せられました。

御朱印

朱印料 金500円(護縁珠が付与されます)

それぞれの社寺の名前、教えに因む文字が書かれた「朱印(しゅいん)」を、神仏霊場巡拝の証として授与いたします。

また朱印には、同様の文字などが刻印された「護縁珠(ごえんじゅ)」という木製の巡拝記念の珠が一個付与されています。護縁珠は、朱印に付与されるもので、単体で授与することはありません。

護縁珠について

護縁珠について

主な祭事

百手の的神事(ももてのまとしんじ) 2/17 14:00~
悪鬼退散、五穀豊穣を祈願する。

茅之輪神事(ちのわしんじ) 6/30 14:00~
須佐之男命が蘇民将来(そみんしょうらい)に一夜の宿を借りた礼に授けた除災招福の茅の輪にまつわる神事。

茣蓙替祭(ござかえまつり) 8/22 16:00~
神前に新茣蓙を奉納する祭。奉納演芸(夜)

鹿食之神事(かじきのしんじ) 9/27 20:00~
鹿の頭を供え、神酒を献じ国家安泰、五穀豊穣を祈願。

例大祭 9/28 14:00~
年一番の祭礼。祭典後に神幸式(しんこうしき)、神代神楽(かみよかぐら)、綱引き大会(夜)などが行われる。

授与品

家内安全、交通安全、商売繁盛の御札
宝剣、交通安全、縁結び、良縁、合格、
学業成就、厄除開運、病気平癒のお守り

宿泊施設

神社より約1.5㎞ 海潮温泉旅館 2軒

食事処

交通アクセス

【バス】
R松江駅より大東行き、もしくはJR大東駅より
松江行きの一畑バス「須賀」で下車 徒歩3分

【駐車場情報】
普通車  30台 (駐車場より神社まで徒歩3分)
大型バス 5~6台(神社前)

須我神社

〒699-1205 島根県雲南市大東町須賀260

TEL:0854-43-2906 / FAX:0854-43-5537

【参拝時間】8:30 – 17:00(上記以外の時間はお参りは出来ますが、職員の対応はありません。)

【ホームページ】http://www.suga-jinja.or.jp

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