御神徳・御利益

所願成就。

特に推古天皇の龍眼をいやしたことから勅願寺となり、推古天皇が女帝であったことから、子年女性の守り本尊として祀られいます。

鰐淵寺は恵まれた自然につつまれた山陰の片隅に位置する古寺です。

春、むせるような新緑に一山全体がつつまれ、数百年を経た老杉がそびえ立つ中に、もみじの緑が映え、むんむんする香りが立ちこめ、四月末から五月中旬にかけての全山はこの香りを伴った緑一色に覆われます。

また、野鳥も朝早くから囀(さえず)り、夏ともなれば春から続く歌に声を枯らしたうぐいすの声にカジカがハーモニーを奏で、秋は「いろはもみじ」が全山を赤く染めます。

開基・慈覚(じかく)大師お手植と称される三台杉は、千四百有余年の歴史を残らず見聞し、開創の地である浮浪滝は蔵王堂を背にして落ち、推古天皇の眼をいやした竜眼水は夏なお手を切る如く冷たく、当寺で修行した若き武蔵坊弁慶の修行の苦しさもしのばれます。

その弁慶に関しては、毎年弁慶ウォークがあり、大山寺から夜を徹して101キロを約二十時間かけて歩く特異な行事として、全行程を歩き通すことに人生の指針を求めて県内外より多数の参加があります。

本坊南庭園は、出雲の国において二指に入る名園として京都林泉協会が推賞しており、池泉観賞式の小庭と、書院軒内の平庭からなり、江戸初期の面影を残しています。

縁起

推古2年、信濃国の智春(ちしゅん)上人が、遊化して当地に到り、推古天皇の眼疾を浮浪滝に祈って平癒されたので、その報賓(ほうさい)として建立された勅願寺です。天竺霊鷲山(てんじくりょうじゅせん)の良(うしとら)の地が欠けて浪に浮かんで流れきたので浮浪山と称します。

上人が滝のほとりで密法を修しておられた折、誤って椀(まり)の佛器を滝壺に落とされ困っておられた時、にわかに淵が激発して大きな鰐魚(わに)が鰓(えら)に佛器をかけて浮かび上がり、上人にささげ奉ったことから寺号が生じました。

天平から延喜に至る約二世紀には出雲大社との関係が深まり、また伝教(でんぎょう)大師が比叡山に天台宗を開かれると、弟子の慈覚大師のすすめもあり、いち早くその法門に帰依(きえ)して、日本最初の延暦寺(えんりゃくじ)の末寺になりました。

また、鎌倉時代には武家との関係から、延暦寺との交渉を密にし、出雲大社との習合を確立・推進し、別当寺を務めました。

寺と関係のある名僧、傑僧、武将は数多く、枚挙にいとまがないです。国民的人気の弁慶は当山で三年間の修業の後に京都の比叡山に登って牛若丸に出会ったと伝えられ、その伝説には事欠きません。

御朱印

朱印料 金500円(護縁珠が付与されます)

それぞれの社寺の名前、教えに因む文字が書かれた「朱印(しゅいん)」を、神仏霊場巡拝の証として授与いたします。

また朱印には、同様の文字などが刻印された「護縁珠(ごえんじゅ)」なる木製の巡拝記念の珠が一個付与されています。護縁珠は、朱印(参拝の証として授与されるもの)に付与されるものであり、単体で授与することはありません。

護縁珠について

護縁珠について

主な祭事

神役(しんやく)
正月より1/11日まで 密行

梵焼会(ぼんしょうえ)
令和2年3月の梵焼会より当面の間休止予定

弁慶まつり 4月の最終日曜(年により異なる)
(弁慶まつり実行委員会主催の武者行列)

紅葉まつり 11月初旬から2週間(主催は鰐淵寺紅葉まつり実行委員会)

授与品

宿泊施設

民宿なかや

食事処

交通アクセス

【バス】
JR出雲市駅より一畑電鉄にて雲州平田駅下車
生活バスで約30分、タクシーで約20分
【車】
国道9号線直江より北進、431号線を横切り県道25号線へ
出雲空港よりタクシーで約40分
【駐車場情報】
第一駐車場:大型バス約7台 車約30台(大型バス0の場合) 第三駐車場:車約20台
※第二駐車場は現在使用できず

鰐淵寺

〒691-0022 島根県出雲市別所町148

TEL:0853-66-0250 / FAX:0853-66-0300

【参拝時間】8:00 – 17:00(上記以外の時間はお参りは出来ますが、職員の対応はありません。)

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